花梨とうの粒焼き

日々のちょこっとをちょこっと。

思い込み世界の横っちょで羨ますぃ~!と叫ぶ。

前にも書いたけど、子供の頃、女の人の『生理』にあたるものが男の人は『切れ痔』なんだと思ってた(笑)

血、繋がり?っつーこともあるだろうけど、男女の身体の違いは何となく認識していたものの、毎月血が出るという何だか痛そうなイベントは女の人限定っつー理不尽な事なぞあろうはずがない。だから呼び名は違えど男にもそれに見合ったモノが絶対あるはずだ(何でむりやり見合わせる?^^;)それは何だろう・・と考えて思い当ったのが、『痔』であったのだ。(父が痔であったし)

んで、6年生で初潮を迎える頃にやっと、生理と痔は全く別もんであって、また、男の人の全てが『痔』になるわけではない(または女の人もなる)という事実を知り、同時に生理痛と、ナプキンをひっかえとっかえせねばならんという煩わしさを抱え、世の中何つぅ理不尽なことよ!と生理が来るたびに怒っていた(笑)

 

しかしそんな無知な私がそれでもどうにか生理に代わるものを男にも求めようと対抗意識(何の対抗だよ^^;)を燃やしていた中学生のとある日。

それまで抱えていた理不尽な思いに一筋の光が射し込んだのだ。

 

何と、何やら男には『夢精』とかゆーもんがあるらしいじゃないか、と。

 

 

・・・えと(;;;゜ω゜;;A)

こんなことを書きたかったわけではないのでもうやめます(笑)

 

 

昨日読んだエッセイに、著者の友人たちの『思い込み』のエピソードが載っていた。

その人が4歳の時、一緒に暮らしていたおじいさんは10歳だと思っていた。

親は6歳ぐらい。

また、別の友人は、世の中はおじいさんとおばあさん、男の子と女の子の4種類だけしかおらず、最初から『ソレ』に生まれてくるのだと。

おじさんやおばさん、または親に対してどう思っていたかっつーと、[意識してなかったのかなぁ・・]と。

 

また、私の友人も家の2階の窓から見えるこんもりとした森の向こうは断崖絶壁だと信じていたらしい。

 

それらは何と自分中心の思い込みであろうか。

人間の最高年齢が10歳だったり、世の中老人と子供しかいなかったり、自分の目では見えない場所はそこでぷつんと終わっていることになっていたり。

しかし。

私にはそれらの狭い世界観が実に羨ましく思えた。

日々過ごす中でそれが違った認識かどうかなんぞすら意識することもない、この次元にして違う次元にいたことを。

 

彼らが何時その思い込みの間違いに気が付いたかは分からんが、とにかくある一定期間はそんな狭い非リアルな世界観でもって現実を過ごしていたのだ。

それは、人生っつー括りでみると子供の頃のほんの一瞬の時期ではあろうが、そんな僅かな時間でも現実世界に帰ってくるまでは、永遠に続く思い込み世界の住人であったのだからして。

 

私もしばらくの間、生理=痔の中で生きていたが(笑)それは世界とは呼べないモノであって、単なる一つの思い込みである。

そりゃ私も空想妄想はしていたけど本気モードでその世界の中にいたわけではないし、何が目的だったんだか親にアンタは実は山田さん(誰)の子だったんだよ、とか言われて実は金持ちの家の子だったんじゃないだろかと想像しても想像で終わり。

妹はアンタは橋の下で拾われたんだよと言われてしばらく泣いていたが(だから何が目的??^^;)

 

 

断崖絶壁の友人は一人で遊びに行ける年齢になった頃にその場所に行ってみた。

すると、こんもりとした森、だと思っていたのは単なる誰かの家の雑木林で、後ろは何てこともない街並みだったことに安堵と寂しさを感じた、と言う。

多分、家を出る頃はうすうす気が付いていたんじゃないのか。

あそこに崖なんぞ無い、ということを。

で、実際に確かめてみて、やっぱりな、と。

同時にそれまで自分が畏怖しながらも好奇心を抱いて過ごしていたその世界がリアルな世界にすり替わってしまったことで、もう前の自分ではなくなってしまったという事実をハッキリと目の前に突き付けられた寂しさを感じたんじゃないか。 

・・大げさですな^^;

 

 

しかし、彼らだけではなく誰もがそんな自分思い込み世界に生きていたひと時があったんじゃないかと思う。

思い出せるか出せないかのことで。

きっと私もそうだったはずだっ!

うーん・・うーん・・。

 

おっ!

何とか遠い記憶の彼方まで飛んでいって一つだけ思い出した。

そうだ。

空の星は全部☆←このカタチだと思い込んでいたんだった!

 

しかし。。広がらん。

宇宙のようには広がらん。。

自分がそんな世界にいた姿を思い浮かべて味わいたいのに・・残念である。