花梨とうの粒焼き

日々のちょこっとをちょこっと。

正月早々、毒つぶやき(笑)  トラバ&追記あり

あけましたねっ!

 

● 我が家は毎年、新年になった途端、その場でジャンプすることになっている。

先祖代々から伝わる行事である。嘘です^^;

なんつーか、0・00分に地球上にいない~!みたいな。

(子供かっ!笑)

そうする理由は自分たちも分からない。

 

 

● 申し訳ないと思うけど思うだけだけど、ここ数年、年賀状が来た人だけに年賀状を書いている。 

そんなアコギな私であるが、それでも毎年書いてくれる友人は有難いもんだす。(なら自分から出せよ~^^;)

で。

そんなアコギな私であるのに、これまた毎年くれる人たち(友人ではなく)がいて、んで、毎年まったく一言も書いておらんのだ。

ただ印刷した文字のみで。 もうやっつけ年賀状なんでしょうな。ただPCから印刷するのみで。

私は・・(コレ毎年書いている気もしますが^^;)書くなら一言ぐらい自分の言葉で書かんかい!と思っているので、せっかくくれたはいいが、そういう人には『等倍返しだっ!』っつーことでこれまたな~んも書かずに出している(笑)

なので毎年そういう方たちとは無言の年賀状のやりとりをしている。

静かな正月である。

 

 

● 大晦日。おせちは作らないけど、お正月だからというわけで、お雑煮の材料やらみかんやらハムやらを買おうと、なけなしの一万円を出した。

すると、レジのおばさまが『一万円でいかせていただきます』と。

いかせていただきますて!

なんの賭け事か。

さぁー!一万円レジに入りました!張った張った!!丁か半か!・・みたいな。

または、何かのオークションだろうか。一万円からスタートです、みたいな。

いずれにせよ、年末の深夜半額になる時間よりかなり前の、かと言ってお客さんがひいた後で残り物が数少なくなっているという、一番タイミングの悪い時間に正規の値段で買ってしまって、私のなけなしの一万円札はレジの奥に消えていった。

新年からは一日千円足らずでいかせていただこうと思う^^;

 

● 笑う門には福来るとばかりに元旦からお笑いばかりやっている。 あ~くだらん。 たまに笑うけどさ。

だけど、ちらりと観たバラエティは笑うどころが腹が立った。

芸人の母親たちが出てきて、お題を制覇したら子供(芸人)に百万円をあげるというイベントである。

芸人いうても、その母たちは単なる一般人然とした方たちであった。

最初は、そこまでしてやるかよ!・・と思ったが、実際にテレビに出てきたお母さんたちを見ると

うちの息子、芸人ですのよ。ヾ(  ̄▽)ゞオホホホ・・という態度の方は一人もいなかった。・・ように思えた。(一人いたけど)

そこらへんのスーパーで買い物をしているような、人のよさげな方たちで、70歳を超えようかというような年配のお母さんたちが多い。

息子たちも、売れている芸人、というより、まあそこそこ。百万円のギャラなんて貰ってないだろうなぁ・・という芸人たちである。

だから母たちは頑張っていた。 息子のために。

で、そのお題が悲惨であった。

10倍のわさび入りのお寿司を平気な顔して食べる、とか。

鼻にフックをかけて錘をぶら下げる(コレ書いてるだけで死にそうですが)とか。。

しかも、百万貰えるなんて実はうそっばちなのだ。

息子たちも(確信犯だったのかも知れないけど)そのビデオを見ながら『かあちゃん!そこまでやるなよ!』などと叫んでいた。

しかし、いくら自分が芸人だからと言って母親がわさびに吐きそうになっている姿を笑って見られるだろうか。

正月でおめでたいから何をしてもいいんか。

笑いさえとれれば(笑えないけど)親でも使えってか。

・・なんだか悲しくなっちゃったなぁ。

 

もし私が芸人だとしても、母まで巻き込みたくない。

まったく笑えない。 腹が立ってテレビを消した。

9時からの『相棒』まで消しとく!

 

● 振り返ってみると、ブログ、というものを始めて今日で3度目の正月である。

その間、いろんな方のブログを拝見していろんな正月の心象風景っつーものを知った。

おめでとう、おめでたいの一言でもいろんな思いがある。

 

何年も苦しんで苦しんで、年末、やっと自由を手に入れた友人に対して、おめでとう、と私は言った。

年が明けて、婚家に何の気も遣わなくともよい、おめでたい正月だ。

でも、それは刹那のおめでとうかもしれない。

これから彼女を待っている新たな苦難に対して、おめでとうとは言い続けられない。

 

また。

お姑や親戚によって理不尽な正月を迎えている友人もいる。

年末年始はいらない、と、彼女はブログに書いている。

そして。

母親の介護で体調をくずしても、尚、介護をせねばならない方が、テレビで見た、すこんと晴れた正月の天気を恨むことを誰が逆恨みだと言えようか。

 

また、去年亡くなられた、ブログで行き来していた方や知人。

世間がおめでたいと騒ぐ中でのご家族の思いはどんなだろうか。

四方八方から『おめでとう』の言葉が突き刺さるお正月。

 

私の場合は、家族も元気で一人で暮らす母も足が悪い以外は元気だ。

ただ、経済的に元気がないだけ^^;

おめでたいな、と思えるのは、こうして新年に変わる瞬間にジャンプするっつーおバカなことをやっていられる(ある意味おめでたいのか^^;)この状況に、であるよ。

家を売ることもなく、餓死することもなく、とりあえず元気で年を越せた、という意味での、おめでとう、であるよ。

 

このブログの世界の中でもいろんな思いでお正月を迎えている方たちがいる。

例え、明けましておめでとうございます、と書かれているからと言ってご本人の身の上は決しておめでたいわけじゃない、ということもその方のブログを拝見し続けているからこそ分かることだ。

 

おめでとうございますは、万人共通の言葉、思い、じゃないんだよな・・。

そんなことを、そりゃそうだろ、とも思いながら、ちょっと考えてしまった今日この日。

 

*どこのこさんの記事『椅子』にトラバ。

http://doconoko.hateblo.jp/entry/2014/01/05/092456

去年の14日は雪が降っていたんですなぁ~。

雪にはしゃぎながら、雪を憎める、矛盾だらけの私でいたい。

・・と書かれている。

自分の気持ちをまっすぐ受け止めつつ、しかし、そうではない立場の人たちの気持ちもちゃんと想像できる。想像せずにいられない。

どこのこさんという方は、そんな人で。