訃報を聞いて。
きなこさんのブログで共通のブログ友(友・・と勝手に書いてるけど)のお母様が亡くなったことを知った。
このブログを始めてから3人のブログ友の身内が亡くなった。
へんな話だけど、顔も何も存じ上げないのに日頃その方たちのブログを読んで胸の内を少しでも知っているからこそ、心で繋がっていると信じているからこそ・・例えば・・
顔だけ知っている人よりもずっと悲しい。
勝手に悲しい。
でも言葉が出ない。
ただ、その肩を抱きしめたいと思う。
女性でも男性でも。
身内が亡くなったことを知らせるブログはシンプルだ。
死んでしまったというどうしようもない事実だけが今の全てであって、でもそのシンプルな言葉の中に故人への想いがぎゅうっと詰まって、吹きこぼれている。
そして。
その言葉の先に、波のように何度も何度も押し寄せてくるだろうその方の悲しみを想像すると、私は父への想いに行き着く。
親不孝もんだったが、でも例えどんなに親孝行(どんなことが親孝行なのか分からんけど)していたとしても必ず何がしかの後悔はついて回っていただろう。
あの時どうしてあんなことを言ったんだろう。。もっと優しくしてあげればよかった。
もう何もしてあげられなくなった今、ずっとずっとそう思い続けている。
いや、父が死んだのはもう10年ぐらい前のことだ。
普段は大概忘れている^^:
でも、こうして誰かの身内が亡くなったと聞く度に、心のどこかからじんわりとまたそんな想いがせり上がってくる。
とんかつさんは今日、東京に来ていると言う。
今頃どんな想いでお母様と対面されているんだろう。
どんな想いがどんな思い出が、心をよぎっているんだろう。
そんな風に、顔も知らない人に心を馳せて勝手に悲しんでいる。